第2章 静岡の古代氏族と倭王権

静岡の古墳と豪族居館



 邪馬台国(やまたいこく)の女王卑弥呼(ひみこ)が、狗奴国(くぬこく)との戦いのなかで亡くなったとすると、
3世紀中葉のこととなる。
 卑弥呼の死に際して大きな塚をつくったと「魏志」倭人伝は記している。


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 今日、県内最古と考えられる古墳は、磐田市新豊院山(しんぽういんやま)2号墳
袋井市座王権現神社古墳などである。
 前者は墳長34.3mの前方後円墳で、竪穴式石室を内部主体とし、副葬品として鉄刀などの
武具や三角縁四神四獣鏡などを副葬している。
 その造営の時期については、出土土器から3世紀末から4世紀前半が考えられる。

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新豊院山のサイトを開く 新豊院山2号墳

 後者(座王権現神社)は、49mの前方後円墳であるが、後方部の南側周濠から出土した土器の特徴が、
新豊院山2号墳よりも古いとされている。 3世紀末ごろの土器と考えられている。

 このように静岡における古墳時代の始まりは、どうやら3世紀末から4世紀前半のころにさかのぼって
考えられそうである。

 4世紀後半になると、古墳時代の到来を告げるきざしが遠江のほかの地域にもみえるようになり、
5世紀をつうじて本格的な展開をみせる。

 6世紀以降になると次項で記すように、家族墓的様相の強い小古墳が密集してつくられる。

 古墳を13の地域に区分し、さらにそれを30の支群に細分化している。






 上記の古墳のいくつかを4〜5世紀の特徴的な古墳の分布に留意して西からみてみよう。



 浜名湖沿岸地域では、伊佐町の井伊谷(いいのや)盆地北東部の丘陵部にある北岡大塚古墳(46.5m)が
目を引く。 4世紀後半の造営が推定される前方後円墳で、都田川流域の古墳群で最古の古墳であるばかりでなく、
この地域の最古の古墳でもある。

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   北岡大塚古墳



 天竜川右岸の三方ヶ原台地には赤門上(あかもんうえ)古墳(56.3m)があり、
三角縁神獣鏡を出土した。

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 天竜川左岸の磐田原台地から太田川流域は、県内でも屈指の古墳群---石田(いわた)古墳群、
遠淡海国(とおつおうみのくに)古墳群(ともに磐田市)、周知(しゅうち)古墳群(森町)、
久努国(くどのくに)古墳群(磐田市、袋井市)が展開している地域である。

 その展開は、3世紀末から4世紀前半ごろに最古の古墳のひとつ、磐田市新豊院山2号墳や
袋井市の座王権現神社古墳が造営されることからはじまる。
 時代的には、ついで小銚子塚(こちょうしづか)古墳(47m、磐田市大藤寺谷)がきずかれ、
4世紀末ごろには松林山(しょうりんざん)古墳(110m、磐田市鎌田)、銚子塚古墳(112m、磐田市大藤寺谷)
などもつくられ、さらに5世紀にはいると台地中央から南端に東海地方最大の円墳といわれる兜塚(かぶとづか)
古墳(80m、磐田市河原町)や京見塚(きょうみづか)古墳(47m、磐田市高町)に代表される大形円墳群が
造営される一方で、大形前方後円墳の堂山古墳(113m、磐田市鎌田)もつくられている。
 なお、この堂山古墳の被葬者については、神功(じんぐう)、応神(おうじん)の時代の王権中枢にいた武人
物部氏第10代、物部印葉(いんば)連(むらじ)とその兄弟)たちの奥津城(おくつき)だったのではないかとの
試論がだされている(原秀三郎「結語-堂山古墳の歴史的意義」)。

サイトを開く 京見塚古墳



 上空よりみた若王子(にゃくおうじ)古墳群(藤枝市)
若王子古墳群は33基の小型円墳と方墳からなり、4世紀末から6世紀にかけて造営された。
 それらの被葬者は大型前方後円墳に葬られた首長らより下位にランクされる小首長であろう。



 つぎに、駿河をみてみよう。
有度(うど)古墳群廬原国いおはらのくに)古墳群が展開する安倍川下流域の平野部には、
巴(ともえ)川流域にこの周辺では最古の4世紀後半に属する静岡市柚木(ゆのき)山神(やまのかみ
古墳(谷津山古墳、110m)があり、これとは別に、庵原川下流域には前方後円墳の清水区午王堂山
(ごおうどうやま)3号古墳(78m)があり、4世紀末の築造と推定される前方後円墳の三池平(みいけたいら)
古墳(70m、清水区庵原町)は、墳形が異なるが、この古墳につぐ地区の首長級古墳とみられる。

 この地は「倭名類聚抄わみょうるいじゅうしょう)」が記す駿河国庵原郡庵原卿であることから、
これらの墳墓が「日本書紀」にみえる庵原君一族のものと推定される。

 富士・愛鷹山麓地域の珠流河(するが)国古墳群には、富士市須津(すど)にある国指定史跡の
浅間古墳(103m)を最古とする須津(すど)古墳群が展開している。

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 伊豆の地域の場合、
田方郡韮山町多田大塚古墳群がある。
 この古墳群は、古く「豆州史稿」にも記されたものであるが、5基からなる大塚古墳群は5世紀後半のもので、
伊豆で確認されている最古の古墳である。

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