発見相次ぐ官衙(かんが)遺跡

 税制を中心に律令時代の地方支配をみてきたが、支配の担い手は、都から赴任した国司(その長官が国守。 その任期は当初6年、のちに4年となる)とその土地の生え抜きの旧国造の一族や新興の有力者である郡司(ぐんじ)大領(かみ)・小領(すけ)・主政(じょう)・主帳(さかん)の4等官(しとうかん)からなる)であった。

 国司・郡司の支配拠点は、それぞれ国府-国庁であり、郡家(ぐうけ)とよばれる。
 静岡県の場合、国府-国庁については、遠江国府が磐田市御殿二之宮遺跡が、駿河国府が静岡市駿府城東南地区が有力な候補地の一つとしてそれzれあるが、伊豆国府は三島市内に遠江・駿河と同等とみなせる候補地をいまだみいだせていない。

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 磐田市国分寺跡

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       磐田市国分寺跡



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      駿河国分寺跡



 それにくらべ、郡家および駅家や官衙級遺跡に関しては全国でも指折りの調査例をほこっている。

 官衙遺跡でとりわけ注目されるのは、伊場遺跡および城山遺跡梶子遺跡梶子北遺跡などであろう。

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 サイトを開く 官衙復元(古代の役所)



 また、藤枝市御子ヶ谷遺跡は、国指定史跡で、8世紀前半から9世紀代にかけての規格性のある配置がみとめられる掘立柱建物を含む30棟を始めとして井戸・南と東を囲む土塁・堀・道路などが検出されている。 これらの遺構に加えて、南側の湿地から土器や木製品にまじって木簡や「大領」「少領」「志太厨」の墨書土器が出土している。

     サイトを開く 志太郡衙跡



 袋井市土橋遺跡は遺構こそ目立たないが、「国厨」の墨書土器が出土していることからら、遠江国府の一支所としての「国厨家」と考えられている。





















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