奈良・平安時代の文化

「万葉集」と防人歌

 桓武朝の初期にあたる天応から延暦のころ(781年~783年)に、大伴家持が編纂した「万葉集(全20巻、収録歌数4500余首)には、遠江・駿河・伊豆の3国にかかわる歌が72首ある。

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 そのなかには、大宝2年(702年)冬、持統天皇が東海地域に行幸したときの和歌が2首おさめられている。

 引間野(ひくまの) にほふ榛原(はりはら)
        入り乱れり 衣(ころも)にほはせ 旅のしるしに


   (引間野に色づいている榛を乱して衣に美しい色をうつしなさい。 旅のしるしに) --- 57番

 何処(いづく)にか 船泊(ふなは)てすらむ
      安礼(あれ)の崎 漕(こ)ぎ廻(た)み行きし 棚無し小舟


   (今頃は何処に船泊りしているであろうか。 安礼の崎を漕ぎめぐって行った棚無し小舟は) --- 58番


  この2首は、三河行幸に随行した従者の2人の和歌であり、「引間野」は浜松市曳馬(ひくま)町周辺で、「安礼の崎」は浜名郡新居町と推定されている。



 また、万葉集には、富士山をうたった長歌・短歌があわせて12首あり、初期万葉の代表的歌人である山部赤人(やまべのあきひと)が、

 田子の浦(ゆ)うち出でてみれば
      (真白にそ)富士の高嶺に雪は降り(ける)


  百人一首では

 田子の浦(に)うちいでて見れば(白妙の)
          富士の高嶺に雪は降り(つつ)


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 万葉中期の歌人、高橋連虫麿(むしまろ)の歌

  なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ
  出で立てる 富士の高嶺は 天雲も 
  い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず
  燃ゆる火を 雪もち消ち 降る雪を 火もち消ちつつ 言ひもえず
  名づけも知らず 霊(くす)しくも います神かも 石花(せ)の海と
  名づけてあるも その山の つつめる海そ 富士川と 人の渡るも
  その山の 水の激(たぎ)ちそ
  日の本の 大和の国の 鎮めとも 座す神かも
 宝とも
  生(は)れる山かも
  駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽かぬかも
     (319番)


   富士山が「日の本の 大和の国の 鎮」であることをうたっているのである。

 いずれも「万葉集」の秀歌としてその評価が定着しているものであるが、これらにまじって静岡の地で生まれ育ち、「大君の命」によって北部九州の防備についた防人(さきもり)らの歌が幸いにも17首(遠江7首、4321番~4327番)(駿河10首、4337番~4346番)が収録されている。

 たとえば、駿河国の玉作部広目(たまつくりひろめ)は、

  吾等(わろ)旅は 旅と思ほど 家にして
    子持ち廋(や)すらむ わが妻(み)かなしも

      (自分の旅は、これが旅だと思ってあきらめるけれども、家に残って子供を持って痩せるであろう私の妻がいとおしい) --- 4343番

 とうたい、防人に徴発されたのでその任にはつぐが、妻子を残し防人にでる不安をかくさない。 こうした防人歌は、東国方言をまじえ、妻との惜別をうたい、また、防人にでた息子が父母を案じた歌などがあり、軍旅に赴く当時の庶民の心情がうかがえる。


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 遠江の防人の歌

 4321: 畏きや命被り明日ゆりや草がむた寝む妹なしにして(物部秋持)

 4322: 我が妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えてよに忘られず(若倭部身麻呂)

 4323: 時々の花は咲けども何すれぞ母とふ花の咲き出来ずけむ(丈部真麻呂)

 4324: 遠江志留波の礒と尓閇の浦と合ひてしあらば言も通はむ(丈部川相)

 4325: 父母も花にもがもや草枕旅は行くとも捧ごて行かむ(丈部黒當)

 4326: 父母が殿の後方のももよ草百代いでませ我が来るまで(生玉部足國)

 4327: 我が妻も絵に描き取らむ暇もが旅行く我れは見つつ偲はむ(物部古麻呂)


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 駿河の防人の歌

 4337: 水鳥の立ちの急ぎに父母に物言はず来にて今ぞ悔しき(有度部牛麻呂)

 4338: 畳薦牟良自が礒の離磯の母を離れて行くが悲しさ(生部道麻呂)

 4339: 国廻るあとりかまけり行き廻り帰り来までに斎ひて待たね(刑部虫麻呂)

 4340: 父母え斎ひて待たね筑紫なる水漬く白玉取りて来までに(川原虫麻呂)

 4341: 橘の美袁利の里に父を置きて道の長道は行きかてのかも(丈部足麻呂)

 4342: 真木柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自面変はりせず(坂田部首麻呂)

 4343: 我ろ旅は旅と思ほど家にして子持ち痩すらむ我が妻愛しも(玉作部廣目)

 4344: 忘らむて野行き山行き我れ来れど我が父母は忘れせのかも(商長首麻呂)

 4345: 我妹子と二人我が見しうち寄する駿河の嶺らは恋しくめあるか(春日部麻呂)

 4346: 父母が頭掻き撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる(丈部稲麻呂)


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