江戸時代の物価

 金は、1両=4分。1分=4朱。1両=16朱。
大判=10両。小判=1両。歩判=小粒とは2分判、1分判、1朱判の総称。
元禄大判は44匁。縦15cm横9cmの楕円形。31795枚作られた。  
古い、大判20匁=75g、小判4匁、歩判4匁。  
42匁以上で大判=10両、3から5匁で小判=1両。  
小判は25枚ずつを紙で包装して用いることもあった。  
包装は両替屋が金額を書いて封印をしたもの。  
1分判金は小判の四分の一。  
銀は、1貫=1000匁。1匁=10分。これは重さの単位でもある。  
銀1両=4匁3分。銀十両を1挺=43匁とし、丁(挺)銀と呼ぶ。  
丁銀とは、30匁から80匁のなまこ型の銀塊。  
2朱、1朱、1分の小額銀貨を豆板銀と呼んだ。  500匁の包みで取り引きした。  
これを20個で10貫目入り箱として幕府が支払ったため。  
銅銭と鉄銭の銭貨は、1文=10分。銭10文=1疋。100疋=1貫文。  
ただし、のちには25文=1疋。反物42.56m。
 
ものの値段は、永何貫文、と表示された。  
1文銅貨、4文銅貨、4文真鍮貨、100文銅貨。  
「さし」というわらに1000枚通して使った。これで1貫文。  
寛永2年の公定レート、金1両=銀60匁=銭4貫文。  
天明から寛政、1両=銀57から8匁。  
1両=64匁。1両=65から66匁。慶応で1両=150匁。  
1両=5貫。1両=6貫。1両=8貫。  
慶応末で1両=10貫7から800文。  
銭100文につき商品いくらかを、百相場と呼んだ。米の百相場。  
1升2合。3升。9合。8合。5合5勺。天明大飢饉玄米3合5勺。  
1升7合。8合。6合9勺。全国的飢饉4合。5合5勺。6合2勺。  
3合8勺。2合。慶応3年1合1勺。  
金沢では、1升(1.5kg)104文と二倍のときもあった。  
1合=1分、1升=10合=10分。銭1貫文=銭1000匁。  
収入の良い職である大工の手間賃は、月14貫文、日当470匁。  

エンゲル係数7割ほど。  
手間職人で、月4から6貫文。  
住み込み職人で、月3貫文。  
女子の内職で月200文。  
名主の給料は年70から100両。  
旅篭の宿料150から200文。  
渡し銭は、80から90文。人夫の背、馬の背、駕篭。  
瓦判1枚3から4文。  月に1から4文ずつ、時の鐘代。  
蕎麦、16文から24文。  
薬箱を持った供を連れて歩いて来る徒歩医者で、1服2分。  
長棒の駕篭で往診する乗物医者で5分。どちらも盆暮れの届けをせよ。  
太夫との一夜の遊びで1石から10両。京都の島原なら10から15両。  
その下の天神で1両。2分、1分ときて、2朱が一番下。  

風呂の湯銭は8文。  髪結は、大人32文、子供24文。  
明治の牛肉屋の牛鍋とオムレツと飯で6匁5分。  
大名の秘蔵の品などは、千、二千両。  
ただし盗んで古物屋に売っても、百分の一ほどになったりする。  
1貫1石9万円?1kg600円として。  
1俵=3斗5升。200俵=70石。30俵=10石5斗=十両二分。  
平時には、一人一日、米五合。年に1石8斗=1800合。  
玄米2合5勺で、1220カロリー。  

謀反人を捕えた同心に、銀八枚と刀、銀六枚と脇差の報酬。  
道具屋から、ある御家人が41両で盛光の刀を買った。  
火付けの訴人への報奨銀30枚。  
刀や十字槍。銀七枚。銘あり小刀五枚。薙刀五枚。  
一枚が丁銀だとすると七枚で300匁、24貫文=24000文=6両?  
1両(四貫文)が十万と計算していた本もあるから、60万円?  
一枚が銀一両だとすると、七枚は0.7両、2800文。