(6)藤沢 ⇔ (0)日本橋
航空写真(戸塚 ⇔ 藤沢)
航空写真(藤沢 ⇔ 平塚)
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遊行寺 ゆぎょうじ
遊行第四代呑海上人が、実兄である地頭俣野五郎景平の援助によって、廃寺を再建して遊行(全国行脚の布教)引退後の住まい とした藤沢山清浄光寺(とうたくさん しょうじょうこうじ)がはじまりです。
その後、歴代上人も遊行 引退後に住むようになり、通称遊行寺と呼ばれるようになりました。
現在の建物の大部分は関東大震災後に復興されたものですが、時宗総本山の大寺として数多くの文化財を所蔵しています。旧東海道遊行寺坂の西側にあります。
藤沢市の観光案内
藤沢市の観光案内
【藤沢宿の規模】
本陣1軒、脇本陣1件、
旅籠45軒、総家数919軒、
宿内人別4,089人(男2,046、女2,043)

天保14年(1843)「東海道宿村大概帳」による
【江戸時代の名物】:
大山詣、江ノ島弁財天詣

弥次喜多 藤沢宿

歌川広重 保永堂版より「藤沢・遊行寺」
藤沢市街から清浄光寺(遊行寺) を望む 大正初め頃
藤沢 清浄光寺(遊行寺) 撮影データ不明
清浄光寺(遊行寺) 唐門 上野彦馬 撮影年代不明