(6)藤沢 ⇔ (0)日本橋
航空写真(小田原 ⇔ 大磯)
航空写真(箱根 ⇔ 小田原)
【小田原宿の規模】
  本陣:4 脇本陣:4 旅籠:95
  総家数:1,542軒
  宿内人別 5,404人(男:2,812 女:2,592)
【江戸時代の名物】:ういろう、米饅頭、
  粕漬け梅、小田原提灯

いよいよ酒匂川を渡る。ここ酒匂川はその昔は、船渡しが行われていたが、1669年 船渡しが禁止され徒渉(かちわたり)制が施行された。
冬の時期を冬川といい仮橋を架けて往来したが、夏の時期の夏川は、手引、肩車、輦台 (れんだい)などを有料で川越人足の力を借りて渡らなければならなかった。

今は上流にダムが出来き、水量も少ない。

本町に入と、立派な旧家が目に付く、これが東海道400年を記念した事業による 「なりわい交流館」であった。住吉や吉エ門の家を再現したらしい。中には小田原宿の資料 が若干ある、これから整備していくのだろうか?お茶を出してくれ、観光客の休憩場になっ ている。(当然無料で嬉しい心遣いである) その先の映画館の駐車場の奥に片岡本陣跡があった。

弥次喜多 小田原宿

五右衛門風呂
長州風呂

五右衛門風呂の名前の由来は、豊臣秀吉が石川五右衛門をかまゆでの刑にしたという俗説から生まれました。五右衛門風呂とはカマドを築いて釜をのせ、その上に桶を取り付け、底板を浮き蓋とし、その板を踏み沈めて入浴します。五右衛門風呂は底が鉄製であるのに対して、長州風呂は全体が鉄製であります。現在では長州風呂を五右衛門風呂として一般的に呼ばれています。

酒匂川の蓮台渡し ベアト撮影 着色写真
酒匂橋から箱根二子山を望む 大正初め頃か
明治3年の小田原城(南曲輪と小峯の侍屋敷)
小田原宿「ういろう」の前 
小田原 上板橋付近 ベアト撮影 年代不明
小田原 国府津 親木橋下岡蓮杖撮影 着色写真 年代不明