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舞坂宿 (まいさかじゅく) は、東海道五十三次の江戸側から数えて三十番目の宿場 JR舞阪駅から宿場入口にかけて見事な松並木が残る。浜名湖の入口、釣りファンの穴場。
舞坂宿脇本陣

江戸時代、東西交通を結ぶ今切渡しの渡船場でした。今日、当時をしのぶ町並みは失われてしまいましたが、天保9年(1838)建築の旧脇本陣「茗荷屋」の上段の間があった書院棟が残されていました。旧東海道では唯一の脇本陣の遺構です。この貴重な脇本陣を後世に伝えようと、建物を復元しました。

大正時代、役場として利用(大正2年撮影)

「脇本陣」とは、平常は旅篭屋だが、大名の供が多いときには本陣を補なった。
鴨居や天井は約160年前のまま。畳の廊下やトイレ、松竹梅の中庭など、歴史を体感できる。

舞阪漁港内にある北雁木(きたがんげ)は主に大名や幕府公用役人が利用した渡船場で、幅約18メートルの石畳が水際まで敷きつめられています。ここから対岸の新居宿まで一里の道のりを舟で渡っていたのです。新居の関所は取調べが厳しく、特に女性は浜名湖の奥、山越えにもかかわらず「姫街道」を選んだといわれています。

舞坂宿には,北から
公家と身分の高い武家が使った北雁木,
武家が使った本雁木(庶民も利用),
いちばん南に,庶民と荷物用に使われた
渡荷場(とうかば)という
三つの渡船場があった 。

写真は,本雁木前にあった西町の常夜灯。
ここに,高札があった。

弥次喜多 舞坂
舞阪漁港
この港ではシラスの他,甘鯛も水揚げされる。
弥次喜多 舞坂

浜名湖の大きさ

浜名湖は、静岡県の西部に位置する汽水湖です。その面積は7,040ha、周囲は141kmあります。水の容積は3億3000万トンで、平均水深は約5mです。この面積は全国で10位の大きさになります。
 浜名湖の形は複雑で、細江湖、猪鼻湖、松見ヶ浦、庄内湖と4つの枝湾を持ち、これらの面積は本湖の40%に達します。湖の周囲は、2市5町に囲まれており、この浜松市、湖西市、舞阪町、新居町、雄踏町、細江町及び三ヶ日町の人口は70万人(静岡県の人口の約19%)に達します。

浜名湖の環境

浜名湖は、漁業やリクリエーションの場として県民の重要な財産ですが、その地形などの構造的な問題から湖内に流入した水は停滞しやすい閉鎖的な水域でもあります。このため、湖の奥部では汚濁物質が貯まったり、夏に植物プランクトンが多く増殖することによる水質汚濁もあり、環境基準がなかなか達成できない状態となっています。浜名湖は、河川法上は2級河川都田川として位置づけられているのですが、湖の奥部まで海水が流入しており、魚など棲息しているものは海の生物が中心です。 従って、環境基準は海域の基準を指定しています。
 浜名湖の水位は潮汐によって変化しますが、浜名湖では特異的な変動を示します。すなわち、湖口に位置する舞阪港を基準とすると、湖奥では変化が2.5時間から3時間遅れ、潮位差も大きく減少します。
 この浜名湖の環境について、静岡県はいろいろな形で調査や対策を実施しています。また、「ブリリアント浜名湖創造作戦」という名称で、環境部、農林水産部、土木部、都市住宅部が協力して浜名湖の自然を育てるための行政施策を展開しています

浜名湖の漁業

浜名湖は、一方で重要な漁場です。水産試験場浜名湖分場の調査によれば、魚類401種、エビ類51種、カニ類93種、その他(軟体類など)105種の計650種が出現しており、また、有用藻類として7種が記録されています。漁獲の対象となっているのは有用魚類30種程度です。これらの多くは、稚魚や幼生のころ、遠州灘から浜名湖に流入し、浜名湖の中で育って大きくなるとまた外へ出ていきます。
 浜名湖の漁業は、水深5m以浅の湖南部の水域で主に営まれており、アサリ、エビ、カニなどの重要種が全漁獲高の50%を占めています。
 主な漁獲物には、スズキ・マハゼ・ボラ・コノシロ、クルマエビ・クマエビ、ガザミ・ノコギリガザミ、アサリなどがあります。

浜名湖の深さ

浜名湖は平均水深が約5mですが、実は5mを越える場所は中央から北側だけで、南側では2m前後のところが多く、干潮時には干上がる場所も多いのです。言い換えると、南側は、底質が砂で浅く生物生産力が高いところ、北側は、底質が泥で深く水の停滞性が高いところといえます。北側の5m以深部分では夏季に水が動かず、いろいろな物質が貯まりやすいので浜名湖の水質に大きな影響を与えています

汽水湖の浜名湖

浜名湖の湖水は前述のように塩水です。淡水は都田川水系の河川水として流入し、海水は潮の干満によって、今切口を通じて1日に4,000万t程度が出入りしています。今切口では、1953年に台風13号による湖口の決壊があり、それ以後1973年まで導流堤の工事が行われ海水交換を高めることになりました。この結果、塩分変化を経年的にみると、1950年頃から1970年頃にかけてかなり上昇しています。すなわち、浜名湖の湖水の塩分濃度は徐々に海水に近付いてきていることになります

浜名湖の古環境

1万年前の浜名湖はその全体が現在の浜名湖に含まれるような小さい湾だったと考えられています。9000〜6000年前は、海面が今より高く、従って湾が大きくなったようです。
3000年前ぐらいになって海水準が低くなり内湾化が進みました。2800〜1000年前には湖口部が完全に封鎖され、淡水湖になっていたようです。それが1498年に起きた津波と翌年の暴風雨により今切口が決壊し、本格的に海水が流入するようになりました。

浜名湖ガーデンパーク
浜名湖ガーデンパーク